うらぶろ

目に見えない世界のことをつぶやき

期待する、ということの意味

ホ・オポノポノのクリーニングをやっていて気づくようになったのは、私は普段かなりの割合で「見返り」を期待する心の動きがあったこと。
これをやったら何かいいことあるかも、あるに違いないというような微かな期待の心。

で、こういう「期待」の心って、自己啓発とかスピリチュアルではよくないとされているのよね。理由としては下記の2点を引き起こすから。

1)期待の心があるということは、自分の潜在意識の前提自体が「自分には期待通りの事が起らない」という意識前提である。もし、「期待すること」が「当たり前のように起る」という心持ちであれば、そもそも「期待」自体がありえないから。

期待をする、ということは「自分には期待通りの素晴らしいことがおきない」という潜在意識の前提事態を引き寄せているともいえる。

2)期待するというのは、欲である。エゴの欲。
エゴというのは過去の自分の経験に基づいて判断しがち。欲がある、というのは自分の可能性や未知数を過小評価し制限する可能性がとても高い。そのため大きなチャンスにつながる言動・行動を無意識につぶしていく。

エゴにとっては「これまで通りの過小評価した自分」を再現し続けていくのが一番の心の平穏なので。

上記1)2)とも、自分の本来の人生や本質というものにとっては余計な心の動きともいえる。だからクリーニングでもなんでもいいけど、こういう細かな心の動きを感じ取って、それがいまの自分に(なりたい自分に)要か不要か選択できるというのは、とても大切なことだと思う。